印象派

ピエール・オーギュスト・ルノワールとは? 年表・代表作品まで解説!

ピエール・オーギュスト・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir)は、フランス生まれ。明るく穏やかな画風から「幸福の画家」と称賛されるルノワールですが、イメージに反して、下積み時代を経験しています。どのような状況下においても、絵画への情熱は途切れることなく、障害で数多くの傑作を残しました。

ピエール・オーギュスト・ルノワールの年表

ピエール・オーギュスト・ルノワール
1841年 0歳 フランスのリモージュに生まれる
1844年 3歳 パリに移住
1854年 13歳 磁気工房の絵付け職人見習いになる
1861年 20歳 グレール画塾に入塾。モネ・シスレー・バジールに出会う
1862年 21歳 エコール・デ・ボザール(官立美術学校)に入学
1864年 23歳 サロン初入選
1869年 28歳 モネと戸外制作、印象派誕生
1870年 29歳 普仏戦争のため徴兵される

 

1874年 33歳 第1回印象派展参加
1879年 38歳 サロンで好評を得る、この頃に妻のアリーヌ・シャリゴに出会う
1881年 40歳 アルジェリア、イタリア旅行。極度のスランプに陥る
1882年 41歳 セザンヌを訪問、共に制作
1885年 44歳 アリーヌが長男ピエールを出産
1888年 47歳 リューマチの最初の発作
1890年 49歳 アリーヌと結婚
1892年 51歳 「ピアノの前の少女たち」国家買い上げ
1894年 53歳 次男ジャン誕生
1900年 59歳 レジオン・ドヌール勲章受勲
1901年 60歳 三男クロード誕生
1907年 66歳 南仏カーニュに地所を購入
1912年 71歳 リューマチが深刻化
1915年 74歳 妻アリーヌ 死去
1919年 78歳 死去

ピエール・オーギュスト・ルノワールの歴史

ピエール・オーギュスト・ルノワールの印象派の絵を楽しむために、歴史について触れておきましょう。

絵付け職人から芸術家へ

父は仕立て職人、母はお針子という労働者階級に生まれたルノワールは、生まれながらに真面目で働き者、職人気質な若者でした。磁器工房の絵付けで、すぐに並々ならぬ才能を発揮したルノワールでしたが、産業革命の影響で工業化が進んだため、手仕事の需要が減り、別の道を模索しなければならず、芸術家への道に進んだのです。

モネと苦楽を共に過ごす

ルノワールは、モネと仲良しでした。実家で食事をした時に、パンをポケットに詰め込み、お腹をすかしているモネに持って帰っていたのです。ちょっとでも、お金が手に入れば、2人して画材家に飛んで行きました。ルノワールは、度重なるサロン落選を経験していましたが、それを励ましていたのがモネなのです。

愛する家族に囲まれて描き続けた晩年

最初から、散々だったルノワールの評価も50歳頃から徐々に上がり始めました。晩年には、完全に揺るぎないものとなっていったのです。三男のクロードと遠縁の娘のガブリエルをモデルに、幸せに満ちた多くの作品を描きました。

ピエール・オーギュスト・ルノワールの傑作名画

ピエール・オーギュスト・ルノワールの傑作名画をご紹介します。

陽光の中の裸婦 (1875年)

陽光の中の裸婦

第2回印象派展に出品した作品であるが、批評家の嘲笑を浴び、「緑色や紫色の斑点がかかった肉体」として酷評されました。モデルとなった女性は、マネの絵画でも登場する愛称アンナという女性。

シャルパンティ夫人と子どもたち(1878年)

シャルパンティ夫人と子どもたち

1979年サロンにおいて、本作品は高い評価を受けました。肖像画のマルグリット・シャルパンティエ夫人の邸宅を描いたもの。シャルパンティエ夫妻は、パリの社交界でも有名な人だったため、この絵を描いた後に、大勢のお金持ちから肖像画の依頼が来るようになった。

イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像(1880年)

イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像

陶器のように滑らかで白い肌の頬は赤らみ、栗色の長い髪が肩を覆う。イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢を描いたもので、世界に愛された絵画。しかし、モデルとなった少女の両親は、この絵を気に入ることはなく、使用人の部屋に絵画を飾っていたという。

舟遊びの昼食(1880-81年)

舟遊びの昼食

舟遊びの昼食は、第7回印象派展に出品された印象派の記念碑的傑作となりました。舞台となったのは、パリ郊外セール河畔の行楽地シャトウ一にあるレストラン「フルネーズ」のテラス。舟遊びに来た子が楽しくテーブルを囲んでいる情景です。モデルを務めたのは、ルノワールの友人。左手前で犬とじゃれ合っているのは、妻のアリーヌ。背後で手摺りに寄りかかる男性は店主の息子である。

水浴する金髪の少女(1881年)

水浴する金髪の少女

水浴する金髪の女性は、将来妻となるアリーヌを描いたもので、愛らしさが満載。背景の色からも、優しさと輝きが伝わってきます。しかし、妻のアリーヌは「もう少し痩せていたのよ」とナポリ旅行で言っていたとか。

雨傘(1881-85年)

雨傘

雨傘は、右側は印象主義、左側は古典主義の手法で描かれています。このような描き方になってしまったのは、絵の描き方に悩んでいたからです。形も表情も色もカッチリとして、従来の柔らかさが消えてしまいました。ルノワールの暗黒時代の作品と言われています。

ピアノの前の少女たち(1892年)

ピアノの前の少女たち

ピアノの前の少女たちは、国家が買い上げになった傑作です。国家に本作品が買い上げられたことによって、ルノワールは巨匠の地位を確立したのであった。

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